古賀紗理那選手ですがバレーの実力もさることながら、ファンの間では「かわいい」と話題になっています。
古賀紗理那選手はルックスはもちろん、私服も「かわいい」と注目されているので画像を集めてみました。
バレーの方はというと、学生時代は実力が評価され日本代表にも選ばれましたが、高校時代は無冠に終わります。
しかし、高校最後の大会となる春高バレーにある事を想ったそうです。
今回は私服画像と古賀紗理那選手がバレーを初めた頃から高校生までのエピソードを紹介していきます。
古賀紗理奈那のオシャレ私服画像
バレー選手なのでユニフォーム姿をよく目にしますが、古賀紗理那選手は私服がオシャレで注目されています。
出展元:Instagram
地元熊本に帰省していた時の写真。
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誕生日は誰と過ごしたのでしょうか?
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廣瀬七海選手とどこかのお店でスイーツを堪能しています。
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プリクラではしゃいでる様子です。
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白井美沙紀選手とどこかに遊びに行ったときのショット。
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廣瀬七海選手、古谷みなみ選手とオフを満喫しています。
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冬にどこかに友達とお出かけでしょうか?
私服もオシャレですが、私生活ではリラックスしてコート上とは一味ちがう雰囲気ですね。
普通の女の子に戻ったという所でしょうか。
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古賀紗理那の小学生から高校生までのエピソード
出展元:Sportsnavi
古賀紗理那選手はお母さんの影響でバレーを初めました。
小学生から高校生時代まではどんな活躍をしてきたのでしょうか?
古賀紗理那の小学生時代のエピソード
出展元:サンスポ 小学2年生頃
古賀紗理那選手の出身は佐賀県神埼市ですが、6歳の頃に父(裕正さん)の転勤のために熊本県に引っ越しています。
バレーはママさんバレーをしていた母(博枝さん)の影響ではじめました。
小学2年生ではじめ、バレーボール教室でバレーをしていたそうですが強豪チームの「大津ジュニア」と対戦し1点も取れず負けてしまったそうです。
その対戦をきっかけに小学3年生から、「大津ジュニア」に移籍します。
「地元の大津ジュニアという強豪だったのですが、強いというところだけではなく、まずすべてが徹底されていたことに驚きました。返事や挨拶とかがピシッとしていて、すごく格好よかった。それで、母に入りたいって言ったんです」
出展元:Tarzan
それが小学生の時です。
「大津ジュニア」の練習は火曜を除いた毎日。
当初は楽しかったそうですが、コートに出る機会が多くなると練習量の多さにキツくなってきたそうです。
「毎日、過呼吸みたいになりながら、スパイクを打ったりしていましたね。それで、小学校4年生の頃に一度、キツくてやめたいと思ったこともありました。
出展元:Tarzan
と当時は思っていたそうです。
小学6年生では全国ベスト8に貢献しました。
古賀紗理那の中学生時代のエピソード
出展元:月間バレーボール
中学は熊本県で有名な監督の平木元宏先生がいた大津中学校に入学。
練習はさらに厳しくなり、それまではやっていなかった体力作りのための練習が加わりました。
古賀紗理那選手曰く、走るのが大嫌いだったそうです。
走るのは大嫌いだったから、ホントにキツかったですね。でも、そのときのポジションでは、真ん中でブロックしていたから、両サイドの選手に比べて運動量が多かったんです。だから、辛くてもしっかりやらないと、と思っていましたね」
出展元:Tarzan
その成果もあってか、全国中学選手権に出場し3位に入り優秀選手に選ばれ、知名度も上がっていきJOCジュニアオリンピックカップではオリンピック有望選手にも選出されました。
小学生の卒業時に166センチだった身長が、中学3年間で180センチまで成長。
有名になった古賀紗理那選手の元には、高校進学時期には県内外から7校以上のオファーがあったそうです。
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古賀紗理那の高校生時代のエピソード
出展元:Sportiva
古賀瀬里那選手は、地元強豪校の熊本信愛女子学院高校に進学します。
ちなみに、姉の麗那さんも2歳年上で共にプレーしました。
古賀紗理那選手は2013年の1年生の時に「春高バレー」で親しまれている全日本バレーボール選手権に出場します。
その前にユースアジア選手権があり、古賀紗理那選手は優勝してMVPを獲得。
注目されプレッシャーもありながら、ベスト4の成績で大会の優秀選手賞にも選ばれました。
出展元:GROWING
2013年4月の高校2年生には、全日本女子メンバーに選出され、5月からヨーロッパ遠征のメンバーとして参加しています。
「意味がわかんなかった(笑)。なんでだろうって。高校生1人だから、すごいアウェー感もあって、緊張しました。憧れどころじゃない存在の(木村)沙織さんもいて、代表の招集日に初めて生で見たんです。オーラが半端なくて圧倒されました。完全に場違いだと思っていましたね」
出展元:Tarzan
2013年6月7日にALASSIOCUP2013(イタリア4か国対抗)で途中出場したのが全日本のデビューとなります。
2013年7月のインターハイでは熊本信愛女子学院高校は準優勝、自らはベスト6・優秀選手賞も獲得。
2013年10月には第1回世界U23女子バレーボール選手権のメンバーとして銅メダルの獲得に貢献しました。
出展元:月間バレーボール
2014年キャプテンを務めていたインターハイ(全国高等学校総合体育大会)では、大阪の金蘭高等学校に負けています。金蘭高等学校には当時1年生で東京五輪強化メンバー日本代表の宮部藍梨選手がいました。
2015年1月の春高バレーでは高校最後の大会となるため、全日本合宿のオファーを断ります。
学校のメンバーを最優先に考えての決断でした。
しかし、レギュラーメンバーを含む4人がインフルエンザに感染してしまいます。
その影響は大きく、2回戦では東レで活躍した元バレー選手の白井美沙紀選手率いる神奈川県の大和南高等学校に負けてしまいます。
古賀紗理那選手はキャプテンで苦労もあったかと思いますが、「みんなと出会えてよかった。みんなとバレーができてよかった」と語っています。
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まとめ
今回は古賀紗理那選手の私服と学生時代のエピソードを紹介してきました。
コートを降りると普通の女の子に戻り日常を謳歌している印象を受けました。
学生時代は一時はバレーを辞めたい心境に至ったといいますが、辛い練習にも耐えて高校時代には日本代表に選出されるなど実力が評価される選手にまでになりました。
古賀紗理那選手もそうですが、学生時代に無冠の選手ほどプロに入って活躍する選手が多い気がします。

