女子フィギア界で活躍中の三原舞依選手ですが、19歳の時に「若年性特発性関節炎」とういう難病指定の病気にかかってしまいます。
日常の生活にも支障をきたす病気なので、演技をすることは非常に難しいと考えられます。
今回はその難病と、それを乗り越えて復活するまでのストーリーを紹介していきます。
三原舞依の難病の病名は?
三原舞依選手が難病指定をうけた病気の「若年性特発性関節炎」は約1万人に一人の割合で発症する16歳未満の子供のリウマチです。
出展元:東スポ
難病指定のため公費負担の対象となっています。
三原舞依選手が診断を受けた「若年性特発性関節炎」とはどのような症状と特徴なのかを紹介していきます。
スポンサーリンク
三原舞依の難病指定の持病の特徴とは?
出展元:デイリー
三原舞依選手の難病の「若年性特発性関節炎」は3つに分類され、
- 全身型
- 少関節型
- 多関節型
三原舞依選手は少関節型の症状でした。
この難病の原因はわかっていなく、関節炎の症状が6週間以上続くとされています。
早期治療により健康な人と同じような生活や仕事が出来る状態か、多少の障害があっても普通の生活が出来るまで回復することが出来るそうです。
三原舞依の難病指定の持病の病状は?
出展元:毎日新聞
三原舞依選手がこの難病を発症したのが2015年のジュニアシーズン中。
「(’15年の)全日本ジュニア選手権の1週間くらい前に膝が痛くなりました。『怪我かな』と思ってテーピングとかしていました」
出展元:Number
症状が悪化恵すると関節が破壊されて、機能不全になってしまいます。
そのため、治療のために直ぐに入院しました。
2年続けて出場していた全日本選手権も出られず不安がよぎったそうです。
「全日本選手権は病室のテレビで観ていました。『来年、この場所に戻ることはできるのかな』と思いました」
出展元:Number
2016年の1月に退院し車椅子の生活が続きましたが、4月から氷上での練習が再開。
通常は治療をしても日常生活で支障をきたす場合もあるようですが、三原舞依選手は4カ月ほどでフィギアスケートの練習が再開できるなんて強い精神力を持った選手なのだと感じます。
三原舞依が復活!そのシンデレラストーリーが凄い
出展元:神戸新聞
復帰後は関節に負担をかけずに膝回りの筋肉を鍛えたり、柔軟性を意識した練習に励んでいたでそうです。
そしてなんと、復帰戦の2016年9月にドイツのオーベルスドルフで行われていた「ネーベンホルン杯」でSP2位から逆転で優勝を飾ります。
更に、2016年~2017年の最終戦となる国別対抗戦のフリーで日本最高得点となる146.17点を記録します。
「シニアでまさか自分が表彰台に上がれると思っていませんでしたし、憧れの選手と大会にも出られて、驚きだらけでした」
出展元:Number
三原舞依選手がフィギアスケートを始めるきっかけとなったのが、2005年のGPファイナルの浅田真央選手の演技を観て感動したからだそうです。
2016年10月のスケートアメリカで浅田真央選手と出場した試合が心に残ったといい、
『私が始めたきっかけが浅田選手の演技で、ずっと憧れています』と話しかけると、『うれしい、ありがとう』と言ってくださって、すごくうれしかったです」
出展元:Number
浅田真央選手の引退には衝撃を受け、
もう来シーズンからは同じ大会に出られないんだと思うとすごく悲しくなりました。でも、浅田選手の今までの演技を私の宝物にして、少しでも近づけるように頑張ろうと思います」
出展元:Number
浅田真央選手からの影響は病気を克服するエネルギーとなったことでしょう。
スポンサーリンク
三原舞依の現在は難病指定の持病を克服した?
出展元:dmenu
見事な復活を遂げた三原舞依選手ですが普段から体調には気をつけているそうです。
「関節がこわばったりして、全然動かなくなったりします。冬場、特に朝練習のときは早めに起きて長めにアップしたり、服装に気をつけたりと、いろいろ工夫していました」
出展元:Number
この難病の「若年性特発性関節炎」は完治せず成人になっても症状が6割~8割を持ち越すそうです。
朝起きて関節の痛みを感じたり、疲れや風邪とともに関節の痛みが現れてくるそうです。
それでも三原舞依選手は、
「でも、病気があったからこそ、去年の自分より強くなった自分がいると思います。
出展元:Number
と前向きな発言をしています。
そんな苦境を跳ねのけてしまう三原舞依選手のwiki的プロフィールや学歴を紹介していきます。
三原舞依の出身高校と大学はどこ?
三原舞依選手は小学2年生の頃に浅田真央選手の演技を観てファイギアスケートに憧れたといいます。
出展元:毎日新聞
家族構成や所属しているシメックスの坂本花織選手との関係、出身高校と大学を紹介していきます。
三原舞依のwiki的プロフィール
名前:三原舞依
生年月日:1999年8月22日
出身:兵庫県神戸市
身長:156cm
出身高校:芦屋高等学校
出身大学:甲南大学
三原舞依選手の家族構成は父親、母親、兄の4人家族です。
趣味はショッピング、スケート鑑賞、けん玉、写真、音楽鑑賞と好奇心旺盛な方なんですね。
現在は「シメックス」に所属していて、1歳年下の坂本花織選手とはライバルであり親友。
お揃いの物を買ったり、誕生日にはプレゼンを贈りあったりしているそうです。
お互いに、かおちゃん・まいちゃんと呼ぶほと仲が良いそうです。
三原舞依の出身の高校と大学は?
2018年3月、四大陸選手権で2位になった三原舞依線選手(右)、
平昌冬季五輪で6位入賞をを果たした坂本花織選手(左)。
神戸市長から花束が贈られました。
出展元:毎日新聞
三原舞依選手は兵庫県立芦屋高等学校の出身です。
関西の難関大学に多くの人が進み、スポーツではサッカー部・ヨット部・カヌー部・ラグビー部が強い学校です。
フィギュアスケートの出身は三原舞依選手だけですが、スポーツ選手や著名人を多く輩出しています。
サッカー元日本代表監督の加茂周さんもその一人です。
出展元:神戸新聞
三原舞依選手は甲南大学経済学部に指定校推薦で入学しています。
指定校推薦は人数が決められ、成績も良くないと推薦枠に入ることができません。
高校時代からフィギュアで活躍しながら学業も疎かにしていなかったんですね。
スケートリンクの壁でよく見る広告の勉強をしてマーケティングについて知ることができればと語っています。
フィギュアスケートは選手生命が短いので、その先の事も考えていたのでしょうか、凄いですね!
スポンサーリンク
まとめ
今回は三原舞依選手が診断を受けた難病の持病につて紹介してきました。
治療をしても普段の生活にも支障をきたすほどの病気にも関わらず、4カ月ほどで練習を再開して、世界の大会に出場し優勝するなんて三原舞依選手の精神力には頭が下がります。
現在も人気の浅田真央選手との交流も三原舞依選手に力を与えていたんですね。
三原舞依選手の復活ストーリーを想いながら、競技を観戦すると感じ方も違ってくるのかもしれません。
